登ってみないと分からない景色がある。(2024富士山)

 某会での原稿依頼があり、何を書こうかと考えた末に思いついたのが、静岡県民に馴染みの深い、富士山でした。

 

 空気が乾燥し、大気透過率の高くなる冬季には、私の住む浜松市北部からでも富士山の姿を眺めることができます。 富士山は県民にとっては絶対的存在で、小学校の頃から「あたまをくもの上に出し~♪」と授業で皆さんも何度も耳にしたことでしょう。新幹線に乗れば、富士山の姿についついスマホを向けてしまいますよね。  それほど身近な存在でありながら、「いつか登ろう」「来年登ろう」と先延ばしにしたまま、毎年9月の「登山道閉鎖」のニュースを耳にする富士山未経験の方は意外と多いのではないでしょうか?

 

 富士山は古来、信仰の対象となったり、浮世絵「富嶽三十六景」にも描かれたり、日本のみならず海外からの旅行登山者も数多く訪れる日本有数の名所です。 東京都墨田区にある、すみだ北斎美術館(設計:妹島和世建築設計事務所 2016)でも、富士山を描く葛飾北斎の様子が収められています。 私自身、旧東海道を自分の脚で辿っているときに、昔の旅人と同じように安倍川や薩埵峠から眺める富士山の美しい姿に、道中の疲れも忘れて心奪われた記憶があります。

 

 私は長男が小6の頃に富士宮ルートから一緒に登ったのですが、天候が悪く8合目で無念の下山をし、すでに10年が経ってしまいました。 いつかリベンジを、と思ったまま、毎年毎年の先延ばしを繰り返し、私もそれなりの年齢に。 今回瓦版の執筆が回ってきたこと、沼津市で学ぶ次男の学生生活が最終学年であること、これも一つの縁かと思い、出し忘れた宿題のような「富士登山」を今年こそ目指すことにしました。 そうと決まったら、まずは基本事項の復習です。 富士登山には4ルートあり、静岡県側からは、富士宮・御殿場・須走の3ルート、山梨県側からは、吉田ルートがあります。いずれもスタート地点は、「5合目」とは言うものの、私が登った御殿場口は、近くの富士宮口よりも約1000mも標高が低くハードですが、マイカー規制が無い、混雑が少ない、登りながら御来光が見えることから、御殿場ルートを選びました。

 

 ルートにより山小屋の数が異なっており、私が登った御殿場ルートでは山小屋が非常に少なく、食料、飲料、トイレについては準備と覚悟が必要です。なお、トイレは微生物により汚物が分解される、バイオ式による環境配慮型トイレとなっており、使用の際には協力金300円が必要です。100円玉を多めに用意すると安心です。

 

 さて、仮眠を済ませ、朝3時から登山開始です。ハードな御殿場ルートを選ぶ人は、富士山登山者の5%程度と言われるだけあって、平日の未明に広がる視界には誰も人がいません。 こんな暗闇を体験できる機会は現代ではなかなか無く、まるで違う惑星にでも来てしまったかのようです。 永遠に続きそうな火山灰の砂礫を踏みしめながら、GPSアプリとヘッドライトを頼りにワクワクと不安の中、黙々と歩を進めます。  高度が上昇するに従い、徐々に周りも明るくなり、登山道の様子も見えるようになってきます。 ホッと一息つき、東の方向を見ると眼下に広がる雲の向こうから顔を出す太陽と山中湖の穏やかな湖面、忘れられない景色です。

 

 山頂を目指して進んでいくと、御来光を眺め終えた人々がポツポツと下りてきます。、報道で話題の軽装な外国人旅行者も多く見ますが、皆さん元気に挨拶を交わしながらマナーよく、すれ違って行きます。 休憩をしながら6時間程度で御殿場口の山頂の鳥居に到着。 その後、登頂証明書を購入し、剣ヶ峰で記念撮影をし、折角なのでお鉢めぐりも済ませ、帰りは霧雨の中、大砂走りもクリアし無事下山。 10年越しの宿題をやっとクリアした達成感に包まれたのでした。 もしかしたら、静岡県民として生まれてから50数年の宿題だったのかも知れません。

 

 皆様も体力に応じたルートで是非、富士の頂から静岡県を眼下に眺めていただきたいと思います。 心地よい疲労と達成感に満たされるに違いありません。